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Report #165 : 2017 Feb.

かなり遠くまで行ってきました。。

かなり遠くまで行ってきました。。

こんにちは、伊藤です。

 

昨日、鹿児島まで行ってきました。

  

片道1200キロ以上の道のり、

 

朝6時40分の新幹線に乗り、

鹿児島中央駅に着いたのが、

12時50分頃と、

新幹線で約6時間でした。

 

そこからさらに

レンタカーを借りて

1時間以上かけて山の中へ、

 

14時30分頃やっと目的地に着きました。

  

目的地は「知覧」(チラン)という場所です。

 

この知覧という場所、

70年以上前の戦時中に

陸軍の特攻隊の基地がありました。

 

数年前に話題になった

「永遠の0」は

海軍の零戦で、知覧の近くの鹿屋基地から

神風特攻隊として出撃していましたが、

  

今回訪れた知覧は

陸軍特別攻撃隊の出撃基地でした。

私が知覧を知ったきっかけは

知覧と特攻隊について書かれた

「人生に迷ったら知覧に行け」という本との出会いでした。

 

その本を

読みながら衝撃と感動で涙が止まらず、

前々から一度行きたいな~と

思っていましたが、

 

鹿児島の中でもさらに奥地なので、

なかなか行けずにいて、

そのうち知覧のこともすっかり忘れていました。

 

ところが、

先日の夜、例の本がふと目に止まり、

読んで見たところ、

 

「やっぱり知覧に行くしかない!」

「きっと何かの力に呼ばれている!」

  

「今行かなければ、

またずっと先になってしまう」と思い、

  

本を読んだ翌日、

つまり昨日、

思い切って

始発に飛び乗って行ってきてしまいました。

 

 

なんで知覧に行きたかったのかと言うと、

 

 

戦争の悲惨さがどうだとか、

世界平和がどう、

ということを感じたかったわけではなく、

 

もちろんそれらも大切ですが、

 

私が行きたかった理由は、

特攻隊員の方々がどんな思いで

特攻に行かれたのか?

特攻の前日や直前の心境は

どんなだったのか?

  

それらを

遺書や手記、遺影を見ることで、

直接肌で感じたかったからです。

  

多くの特攻隊員が当時17歳~20代前半の若者で、

今の高校生~大学生くらいの方がほとんどでした。

 

遺書や手記には、

「もっとこんなことをしたかった。」

というような自分の欲求や心残りを書いたものはなく、

 

残された家族が悲しまないように、とか

親孝行ができなかったけど、今回の特攻で

日本のために命を捧げられるので喜んでください。

など、

 

残された方の未来を案じるような

ことばかりが書かれていました。

 

もちろん手紙の検閲もあったようなので、

弱気なことは書けないということは

あったかもしれませんが、

  

それにしても、

皆さん立派な字で

堂々と書かれていました。

 

そして、

出撃直前の写真などもあるのですが、

思いつめた写真ではなく、

笑顔があったり、

優しい顔だったり、

とてもいい澄んだ男の顔ばかりでした。

 

 

  

私は

犠牲精神や命の大切さを

感じたかったわけではなく、

 

隊員の方々の

出撃するまでの数日~数ヶ月の

生き方、使命感、命の全うの仕方

それらを感じ、

 

ひるがえって、

自分はこの隊員の方達に比べて、

毎日一生懸命生きられているだろうか?

 

先人の犠牲の上に成り立っている

現在の日本で、

自分ができることは何だろうか?

 

そんなことを考え、感じたくて、

知覧の空気感を肌に浴びたかったのです。

 

なかなかの長旅でしたが、

自分の中で得たものはありました。

  

今回の旅で得た思いを胸に

隊員の方々の思いに恥じぬよう

日々、精進していきたいと思います。

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